川も海も豊かさを取り戻して! |
岐阜新聞連載「ぎふ海流」が第9章に入り、”海”にたどり着きました。
第9章 伊勢湾からの視点
http://www.gifu-np.co.jp/tokusyu/2010/gifu_kairyu/9/

1990年代半ば、長良川河口堰の本格運用が開始され、その直後に中部空港問題が注目された。「空港島建設により、伊勢湾の優良な藻場が消滅し、貧酸素化傾向は強まる」ことは目に見えていた。だが「愛知万博開催」至上命題とした愛知県と国の空港建設強行で、漁民の声も封殺された。
ちょうど名古屋圏の水源となる木曽川の傍に巨大産廃処分場が作られようとした時期であり(御嵩町産廃問題)、「徳山ダム建設中止を求める会」を立ち上げ、土地トラスト-行政訴訟提訴-に向かう時期である。
御嵩町産廃問題住民投票に関しては、「徳山ダム建設中止を求める会」運営委員は、町外の者としては最大限の力を注いでその成功に寄与したの自負している。
藤前干潟埋立を止める運動、海上の森を守る運動も含めて、それぞれの課題を担う個々人としては相互連携・相互支援を行っていたが、木曽三川と伊勢湾全体(流域圏)の問題としての大きなうねりを作り出すには至らなかった。(問題意識はあっても、大きな運動にまではしきれないでいた)
今、長良川の漁民も長良川河口堰試験開放を求める声を上げ(※)、伊勢湾の漁民も声を出し始めた。
※ blog 長良川の不漁と漁民の河口堰開放要求
http://tokuyamad.exblog.jp/13784396/
http://tokuyamad.exblog.jp/13791722/
http://tokuyamad.exblog.jp/13805453/
長良川河口堰の試験開放に関しては、首長・地元財界レベルの声にもなっている。
<参照>
朝日新聞5月29日夕刊
http://mytown.asahi.com/aichi/news.php?k_id=24000571005310001
河口堰「開放」議論再び
―長良川、閉鎖15年 経済界・首長前向き―
鳩山内閣は迷走し、前原国交相の「ダム事業凍結・中止論」も宙に浮いたまま(下手すると逆走しかねない危うさ)だが、「東京-霞が関と永田-町にお任せ・お願い」の時代は終わった。
流域のことは流域住民が決めていく-間接民主制だけでなく直接民主制の手法も採り入れて-。そうした地域住民の意識は逆走はしないはずだ。