済州島 ~ 4月3日を挟んで ~ その2 |
(承前)

防風林(笹)と石垣から、かつてそこに家があったことが窺われる。
四・三事件では、7カ所の集落が完全に破壊され、失われたという。

抗日記念館。
ここの駐車場でバスのバッテリーが上がってしまって・・・。ブースターを使っても普通車からでは補充できない。抗日記念館のスタッフの方がトラックを持つ知人を呼んで下さって、どうにか”危機”を脱出。
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城邑民俗村。
人が暮らす村を昔のままに保存し、一部を公開している。
水が貴重な土地。雨水を瓶に貯めて利用してきた。シュロの葉を編んだもので濾過し、さらに瓶の中にカエルを一匹入れて安全を確かめながら使ったのだそうだ。写真の左側にいる人は、名調子で語る村のガイドの許さん。


村を巡らすように高さ4~5mくらいの石垣がある。石垣の上にあるのは一種の見張り台か?
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右は狼煙台。
どこからどこへの合図に使ったのだろう? 本土と?(見えるか?)
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上は「済州4.3平和公園」のリーフ(日本語版)。 まさに4月3日。午前中には式典があったとか。
右は、平和公園内の「4.3平和記念館」。

建物の中に、左のような看板。四・三事件についての企画展示を知らせているみたい。
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済州市の旧市街、東門市場へ。


東門ロータリーのそばの山地川。
感潮域なのだろう。水がどちら向きに流れているか分からなかった。あとで地図を調べてみると、暗渠のほうが上流で、右の写真の先に海があるようだ。

東門市場の裏手の川。
やはり流れる水がない。



他の店ではこれをまっぷたつにしたものもあった。

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翌朝、一人で歩いて龍頭岩公園に行ってみた。ここの住んでいた龍が天に昇り損なって、頭が岩になったという伝説があるとか。

横に色が違うのは、潮位変化によるものと思われる。

この地形は上流側からの水の流れが岩を穿ったというより、海蝕によってできたものと思った。ブイや発泡スチロールがかなり奥にひっかかっていた。
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ホテルへの帰り道に韓徳亭に寄った。
韓徳亭は15世紀に建てられたもので、済州島最古の建物だとか。
行き合わせたお兄さんに撮って貰った・・・私は手振りで「韓徳亭を中心に私は脇のほうに」と注文したつもりだったが通じなかったようだ・・・・。

韓徳亭の裏手にちょっと古そうなトルハルバンが。
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4月4日、済州島を離れる。
眼下にソプチコジと城山日出岬が。
