導水路「検討の場」は藪の中 |
4月27日、「第2回 木曽川水系連絡導水路事業の関係地方公共団体からなる検討の場(幹事会)」が開かれた。
机付きでゆったりとってある記者席はがらがら。椅子だけしかない(資料は膝の上におくしかない)傍聴席はぎゅうぎゅう詰め。
特別に優遇されているマスコミに関心をもたれないのは、検討主体の側の所為か?私たちの側の所為か?
今後の話としては、そう遅くない時期に「検討の場 本会議」をやり、パブリックコメントを募集するらしい。
この日の資料は以下に。
国交省中部地方整備局HPから
整備局トップ > 河川部トップ > 検証対象ダム事業の関係地方公共団体からなる検討の場 > 「木曽川水系連絡導水路事業の関係地方公共団体からなる検討の場」につい
http://www.cbr.mlit.go.jp/kawatomizu/dam_kentou/kisogawa.htm
水資源機構中部支社HPから
第2回 木曽川水系連絡導水路事業の関係地方公共団体からなる検討の場(幹事会)資料(平成23年4月27日開催)
http://www.water.go.jp/chubu/chubu/kensho/@02_110427/index.htm
全体として、あっさりと終わった・・・どういう意味にしろ、中身が無さすぎる。
わざわざ名古屋まで、それも便利とはいえないウィルあいちまで出かけて、なんだか損したような気分。
結局、この導水路事業の「検討の場」の行方は全く見通せず、藪の中。
◇ ◇
いくつか気づいた点。
★ 愛知県の姿勢は転換されていない
昨年11に、神田・前知事の下、「利水者としては2.3m3/sの水道水が要る」と言い切った文書はそのまま、活かされ、それを前提に話が成り立っている。
あれ? 大村さんは「導水路事業の見直し」を公約に掲げて知事に当選したのではなかったっけ???
ただ、前回の「第1回 検討の場(幹事会)」での名古屋市を攻撃するような積極推進論のトーンは若干変化している(おとなしくなった)。とはいえ「新規に水利権をとる、という話ではない。すでに徳山ダムはできている」ことを強調するのは忘れなかった。「導水路ができないのならカネ返せ」の伏線か。
★ 岐阜県の「東濃の水道水確保」論は健在
岐阜県都市建築部長、瑞浪市副市長は、相変わらず「東濃の水道水確保。早く安心なものにしたい」論を展開していた。これまでの(これからも、か?)中部地整河川部と水資源機構の「意図的ミスリード効果※」が続いている。
※ 「木曽川水系連絡導水路で流すことになる徳山ダムからの緊急水は、【計画上は】一滴たりとも都市用水に転用されることはありません」(=中部地整河川部)なのだ。ただし「なるほど【計画上は】、ということね。河川法53条!」と私は毎度つぶやく。異常渇水という非常時には、河川法53条(渇水時における水利使用の調整)によって、水源施設や水利権の「計画/権利」は、棚上げにされうる。このことを「利用」してあたかも「徳山ダムからの緊急水」が、最初から「異常渇水時の水道水補給のため」であるかのような誤解を意図的に作出している。
★ 岐阜市副市長のピンボケ
「岐阜市にとって大事な長良川」。はい、だから?「異常渇水時の河川環境保全に導水路の緊急水が要る」・・・平六渇水でも涸れなかった長良川。御料場の直上流でダムの水など流したら岐阜市の観光の目玉である鵜飼いに大きなダメージがあることが分からないのかな? 市長だって導水路をほしがってはいないのに。
★ 「各務原市の水源である地下水にダメージのないように」
各務原市副市長代理(都市建設部長)は、一番真っ当なことを発言していた。
「各務原市は水道水源(工業用水源も)すべて地下水で賄っている。地下水汚染の問題が発生したときもあったが、市民あげて地下水を大切にして乗り越えてきた。この木曽川水系連絡導水路は、各務原市北部を横断する。地下水脈が切断されないか、地下水が枯渇しないか、大変心配だ。ルート変更をも含めて検討して欲しい」
・・・だけど、河川整備計画策定の際、岐阜県知事から意見を求められたときは、「導水路事業はルート変更を」と言ったっけ? 過ちを正すにはばかることなかれ、だけど。
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話が終わりかけて「その他」になってから、出ました!!「水系総合運用」
「水系総合運用」・・・とても耳に心地良い。しかし、その実、「誤解を振りまく」「長良川河口堰のゲートは絶対に上げない」という毒が盛られている。
「水系総合運用」で「取水制限がなくなる、あるいは大幅に少なくなる」という試算は「長良川河口堰の未利用分も使うことが条件」なのである。
★ 徳山ダムに係る導水路検討会 第7回 (2007.8.22) P12
http://www.water.go.jp/chubu/kisodo/PDF/d.kisojo.pdf/d.kentoukai007.pdf具体の運用方法
. 木曽川水系連絡導水路の施設能力が木曽川における都市用水需要及び河川維持流量確保に対して必要と
なる補給量に比べて小さいことから、徳山ダム及び長良川河口堰から先行して補給する。
★木曽川水系流域委員会
第7回資料 導水路-33
http://www.water.go.jp/chubu/kisodo/PDF/d.kisojo.pdf/ryuiki-iinkai/d.007-iinkai.pdf
第9回資料 導-32
http://www.water.go.jp/chubu/kisodo/PDF/d.kisojo.pdf/ryuiki-iinkai/d.009-iinkai.pdf
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※ 導水路なし:現施設(=牧尾ダム、岩屋ダム、阿木川ダム、味噌川ダム、長良川河口堰(既利用分))
※ 導水路+河口堰:現施設に加え、徳山ダム、新丸山ダム、木曽川水系連絡導水路、長良川河口堰(未利用分)
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愛知県や名古屋市が、長良川河口堰の未利用分を使うとすれば、導水施設建設を要する。 名古屋市もはおよそ長良川河口堰からの導水路を建設する気はない。愛知県も新たな河口堰からの導水路を建設する、と言い出すはずはない。
(2010年12月、選挙前に、大村・河村コンビで長良川河口堰を見に行き、「河口堰のゲート開放」まで言及した。)
つまり、今の愛知県と名古屋市の首長の姿勢からすれば、以下の資料での「水系総合運用/試算」は全くの空論、画餅なのである。
2011年4月27日資料 参考資料-2
木曽川水系連絡導水路 水系総合運用について
http://www.water.go.jp/chubu/chubu/kensho/@02_110427/110427_12.pdf
さらに「現行はシリーズ運用で、プール運用は導水路ができないとできない」みたいな説明には「呆れた」。これは酷いウソ。
河川保全管理官のSさん! それではウソになってしまうこと、ちゃんと知っているではないの、貴方は!
木曽川上流ダム群におけるプール運用はすでになされている。
いずれにしても「運用」というソフト面の話を、ハード面(施設建設)の話に強引にくっつけてしまう悪い意味での「建設」官僚のモノイイは卒業して欲しい。
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この「第2回 検討の場(幹事会)」で、一番本質を突いた意見を言っていたのは、岐阜県県土整備部長のK氏かもしれない 。
2011年4月27日資料1 検証に係る検討の進め方
http://www.water.go.jp/chubu/chubu/kensho/@02_110427/110427_05.pdf
「これは国の資料をそのまま使ったもの。これでは、(導水路事業んぼ検討が)どんな風に進んでいくのか、分からない。もう少し分かりやすいフローのようなものを出して欲しい。時期をきちんと特定するのは無理だとしても、どういう会議が何回程度開催され、パブリックコメントは何回とるのか。そのことも全く示されないのでは、我々として、いつ、どういうことについて意見を述べるべきなのかも分からない」。確かに、この状態でパブコメをとられても「ツマラナイ、クダラナイ」以外の言いようがない。
(岐阜県が「内ヶ谷ダムの検証」でこづき回され、それなりに必死になっていることからすれば-フローは書き直す羽目になったし-、国交省中部地整に文句を言いたいのはよく分かる)
し・か・し、一番の本質的問題は「そもそも要るものなのか?」が検証されないことではないか? 「要領細目」にははっきり明示されている費用対効果分析の話さえも全く登場しない。
「洪水対策」は「対策の必要性が全く無い」場所は多分存在しない。
が、木曽川水系連絡導水路には洪水対策の要素はない。
「要る、要らない」は、河川土木しか知らない河川管理者がまるまる決めるべきことではない。
「緊急水の補給/異常渇水時の河川環境改善」であれば、「生き物に聞け」である。生き物のことが全く分かっていない国交省が設定した「正常流量」及び、渇水時にもその流量に「近づける」(=「木曽川河口部のヤマトシジミの生息のため」)論であれば、木曽川大堰で40m3/Sの流量を確保してもヤマトシジミは斃死することになる)とする緊急水補給はあまりにアホらしい。
都市用水の利水安全度云々であれば、破綻に破綻を重ねた木曽川フルプラン、何十年も開発すれども水利権設定もしていない大量の未利用水の問題(つまり木曽川水系では開発水は大量に余っている、という事実)を、広く社会的に明らかにして「利水安全度」議論をするべきである。渇水による断水が起こるとして、それで直ちに人の生命に影響したりはしない(もし渇水による断水で人に生命に危険を及ぼすようなことがあるとすれば、行政の備えが悪すぎるということ)。これから先の既往最大渇水の規模は誰も予測できない。それにどう向き合うのか。どう対応するのか、は、負担と「我慢」に関する社会的コンセンサスの問題である。「どんなときでも好きなだけ水が使えるようにする」ことが、アプリオリに行政の使命なわけではない。
◇ ◇