大西暢夫さん「ここで土になる」に関連して(2) |
大西暢夫さん「ここで土になる」に関連して(1)
http://tokuyamad.exblog.jp/25488839/
から続く。
さて、大西暢夫さんの話に戻って:
大西さんとは1999年頃に出会いました。(当時彼は東京で暮らしていました)
国会議員会館内のダム問題に関する院内集会に徳山村の写真パネルを持ち込んで下さったことも。
徳山村のお年寄りを撮った(取材した)「僕の村の宝物」(1998年出版)にとても感動しました。
大西さんは「徳山ダム反対」を声高に唱えたことはありません。
同時に私のようなコテコテの「ダム反対!」「原発反対!」「安倍政権打倒!」人間と付き合うことも厭いません。
大西さんの写真や本の題材は、ある意味ではとても深刻な辛く厳しい話が多いです。でも大西さんの写真や文には、不思議な明るさと心地よい暖かさが漂っていて、気持ちがなごみ、救われます。
決して「反対!」と叫ばないけれど、深いメッセージが伝わる、と、私は感じています。
◇ ◇
2006年9月。いよいよダム堤体が完成し、試験湛水が始まろうとします。
でも大垣市民の多くは、それを知らない。大垣市に恩恵をもたらすと称して徳山ダム建設が強行されて、という事実も知らない。
首都圏や他府県では開催されてきた大西さんの写真の展示さえも、大垣(西濃)では一種のタブーのような雰囲気で、何があって何が進行しているのか、知る機会もない状態だったのです。
不可逆的に沈められてしまう前に、と、居ても立ってもいられない気持ちで、因縁の(?)大垣市・スイトピアセンターで「大西暢夫写真展/僕の村の宝物」を開催しました。「反対!」と叫んではいない
ふたを開けてみれば、岐阜2区選出の(絶対に徳山ダムを建設するんだ!といきんでいた)自民党の衆議院議員からも祝電が来、800人の方に来場して頂けました。
広瀬ゆきゑさん、小西さんご夫妻がトークに来て下さいました。
2006.9.2 岐阜新聞
http://www.tokuyamadam-chushi.net/sonota8/20060901-03photo.pdf
参照 :弊ブログ:徳山ダム山林公有地化問題は終わっていない [ 2014-04 -01 22:16 ]
http://tokuyamad.exblog.jp/21781702/
◇ ◇
本や写真展の「僕の村の宝物」が土台となって、翌年、映画「水になった村」が完成・上映されました。
https://www.youtube.com/watch?v=Z10JFknAy_I
李政美さんが歌う主題歌(挿入歌)は宮澤賢治 作詞作曲の[星めぐりのうた」です。
夜半に国道417号線を遡り、徳山ダム湛水端近くで空を見上げれば、まさに降るような星空。
戸入に電灯が点いたのは1963年だったとか。人工的な光がほとんどない中、徳山村の人たちは、そうんな満天の星を日常の風景として暮らしていたのでした。
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