荒崎水害訴訟結審・来年2月26日判決 |
毎日新聞
荒崎水害訴訟:結審 原告団「平穏な生活を」 地裁判決は来年2月26日
http://mainichi.jp/area/gifu/news/20081024ddlk21040017000c.html
中日新聞
来年2月26日判決 荒崎水害訴訟岐阜地裁で結審 繰り返される被害
原告団では、岐阜地裁への「嘆願書」署名を募っています。
大垣市の西部に「荒崎地区」と言われる地域があります。木曽三川の形成した濃尾平野西部は輪中地帯です。洪水が作った沖積平野に人が水田を拓き、居住するようになった。川の恵みと川の脅威は隣り合わせでした。
(歴史で四大河文明とか習いましたよね。大きな川が洪水で作った沖積平野は沃野です。人々は、そこで食糧を生産をし、文明を築きました。川の恵みと水害の脅威はコインの裏表です)
いつしか、人は驕りたかぶって、川を(洪水を)すべてコントロールできるかのような錯覚を持ってしまいました。そして、元々洪水には脆弱な低平地を、行政主導で住宅開発してしまいました。
水害常襲地帯・荒崎地区の「悲劇」は、必然だったのです。 実際に「大谷川右岸洗堰」を見れば、難しい議論をするまでもなく、「洪水を流し込む施設」であることは明白です。その水の行き場が住宅地であるという無茶なことが行われてきました。
パンフ:荒崎水害訴訟は何を求めているか(表紙)
輪中地帯では、水害を巡って左右両岸・上下流の厳しい対立が生じます(対岸の堤防が切れれば、自分の住居と田畑は助かるのです、極めてシビアな現実です)。
この容易には解決しがたい対立を一気に解決するかのような幻想をふりまいたのが「ダムによる洪水調節」です。確かにある型の降雨には、ダムは有効かもしれません。でも違う型の降雨には有効性は極めて低い。超過洪水(計画規模を超える洪水)に対しては「むしろ危険」といえます。
荒崎の人々も「少しでも水害を減らせるなら」との思いから(ほとんど「有力者」による詐欺と強要だった、と私は思いますが)「徳山ダム早期完成要望」の署名を集めたりしました。
徳山ダムとの関連で言えば、2004年の予算での「治水特別会計の項の間の移用」で、「徳山ダムのために、この地域の水害防御の工事を後回しにする」という露骨なことが行われました。
地域住民の悲願を裏切って
「中止も含めて見直す」とした徳山ダム審議委員会(95年12月~97年2月)では「他の方法より経済的だ」との説明されました。しかし、その後に960億円も事業費を増額し、かつ(新規利水は不要なので)「治水分」の割合を多くしました。「他の方法より経済的だ」は、私たちの指摘通り、結局は大ウソになってしまいました。
「最上流部のダムで洪水防御」などというのは、実はサイアクの愚策なのです。今は、国交省河川局をはじめとする河川管理者は「総合治水」「流域対策」と盛んに言います。「超過洪水は起こります」とも言います。「計画規模」の対策を完了する目処すら立っていないのが現実ですから。
ウラガネ隠しで有名になってしまった梶原拓・前岐阜県知事は「徳山ダムさえ出来れば揖斐川流域44万人は枕を高くして寝られる」と言い放ちました。しかし、そんなことことはあるはずがない、国交省はそうは言ってはいませんでした-しかし梶原拓の放言をあえて放置して、錯覚をふりまいたという意味では共犯者です。
徳山ダムが「本格運用」となっても、揖斐川は「100年に一度の確率の規模の洪水に対応する」河川改修が完了する目処は立っていません。
荒崎地区の人々の不安もまだまだ解消されません。