水都・大垣に徳山ダムの水が要るという怪奇談 |
また水門川沿いをふらついた…と言っても、用事のある場所を自転車で通ったということなのだが。大垣市のサイトを利用しながら若干の感想をば。
以前は、よく「杖を突くと水が吹き出る」などと、市の建物(ハコモノ)にもスイトピアセンターなどというものもあり(※1)、「水都」を名乗るあれこれには事欠かない。
これは、八幡神社の自噴井である。
大垣市のサイト大垣市わくわく湧き水マップ
の(3)にあたる。(写真は大垣市のサイトの写真のほうが良い…当たり前)
八幡神社の祭は「大垣まつり」と呼ばれ、360年の伝統を誇る。「やま」をもつ町は自らの町の「格式」を誇った。本来は5月14-15日が祭の日で、私が大垣に移り住んだ1970年代は学校が休みになった。今は土日に合わせてしまっているが(明治に太陽暦で行うようになってから、すでに「伝統」は崩れている、といえる)。
この鳥居の前で水門川が曲がる(この部分は、完全に大垣城の堀として使われてきている)。その曲がり角が広場になっていて、祭のときには「やま」が集まり、カラクリ人形などが人々に披露される(神様に「奉納される」のを人々が見ている、というのが正しいのだろう)
これは大垣市わくわく湧き水マップ(4)大手いこ井の泉である。
脇の池に泳ぐの金魚もついでに。
大垣市わくわく湧き水マップ(1)の加賀野八幡神社自噴井は全国の「名水百選」にも選ばれている。ポリタンを車に積んで遠方から汲みに来る人も少なくない。
大垣市の水道水源は100%地下水である。水源井を管理する担当者が「法律で水道には塩素を入れなければならないのが残念だ」というくらい、きれいでおいしい水源である。水源水の水温の季節変化は小さい。夏は冷たく、冬は暖かい。
この豊富な地下水を利用しようと、大垣及び周辺に紡績を中心として多くの工場が立地した。ほとんどポンプアップしなくても使える豊富できれいな水…何の規制のないときは使い放題だった。大垣中心部の家庭の浅井戸は涸れた。だが、そのときは多くの市民は「水道が普及して結構だ」としか思わなかった。今でも大垣市の水道代金は安い(1m3=90円)。
あまりの使い放題(揚水過多)で地盤沈下問題が懸念され、企業が「自主規制」を申し合わせた。1974年(昭和49年)6月(434千m3/日)の実績を基準とし、揚水量をそれより30%削減しよう、と。
1973年のオイルショックで、日本経済はすでに低成長に変化してきていた、そして紡績等「いとへん」産業は急速に勢いを喪っていった。自主規制も何も…企業は水を必要としなくなってしまったのである。揚水量の30%削減(=70%以下にする)は企業「努力」も要することなく、達成されてしまった。
大垣市の環境 p65
大垣市の環境
それでも、岐阜県は「大垣地域に水が要る」と言い募った。「中止も含めて見直す」と設置された徳山ダム建設事業審議会(1995.12~1997.2)でも強調した。上記サイトの数字1992年=235、1993年=211、1994年(既往最大渇水の年)=218、1995年=210、1996年=190(単位:千m3/日)と減り続けている。そして2006年実績値は152で、基準日(※2)の35%である。
今、徳山ダムが「本格運用」しても、岐阜県大垣地域では一滴の水を使うあてもない。
しかし今年から償還は始まった。約23億円(今年度は水道水分=8億500万円、工業用水分=14億8300万円)ずつ、23年間支払い続けるのである。
岐阜県徳山ダム償還金
本来は水道事業者(大垣市で言えば大垣市水道部)が償還金を負担し、水道料金で賄うはずのものである。しかし、大垣市に要らない水を買う余裕などあるはずがない。
岐阜県は、全国でも珍しい(法の予定しないところ:法を逸脱している、という意味で私は「違法だ」と考える)一般会計からの直接償還を行っていく。
岐阜県は、公債比率が上がっていくという極めてスリリングなある財政状態にある(いつ赤字再建団体に転落するのか?)。それでも要らない、使うあてのない、高価な水の代金を払い続けるのである。
こういうのを若者コトバで「シュール」というのだろうか?それとも「半端ねぇ」???。
※1:1996年にあった「スイトピアセンター使用許可取消事件」の当事者である。「市政に反対する者に市の施設は貸せない」と来た。こんな馬鹿な話は通るはずもない。岐阜地裁の仮処分を得て使用した。この顛末は、これからHPに挙げていく、「やめよ!徳山ダム」No.5及びNo.6に。
※2:上記PDFファイルでは基準日の揚水量を375千m3/日としているが、これは誤りで434千m3/日が正しい。近く上記サイトに正誤表をつける、とのこと。